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福ちゃんの里山通信

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木更津の里山から発信します。

カテゴリ:袖ケ浦情報( 32 )


どうして心が動いたのでしょう。

兄貴が教頭を務めたことのある、袖ケ浦の特別支援学校です。
その40周年記念の『まきのみ祭』が開かれました。
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近道をしようと山中に迷い、余計に時間をかけてしまいました。


情報はいつもの地方情報紙『房総ファミリア』です。

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予定はしていましたが、他の行事を済ませてから出かけましたので、
  閉会間際の子供たちの様子しか見ることができませんでした。
各ブースで開かれた催しも、見事に片づけられ、
  机と椅子しか残っていませんでした。
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それでも子供たちの活動の一部を垣間見ることができ、
  心の中を優しさで満たすことができました。


全身で楽しさを表現する彼らの姿をデジカメに記録しながら、
  実は私自身が癒されているのを感じました。

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ファインダーの中を全てアップしないでいる自分の後ろめたさが、
  ブログと言う媒体の限界と恨む自分を慰めています。

親の胸で眠る幼児はそんな大人の醜さなど、微塵も持ってはいません。
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頭の中で考えるより、テレビなどで視るより、
  実際にその環境に身を置くことで感じられることと、温かくなりました。


わずかな時間の、ほんの片りんを体験しただけにすぎませんが、
  幸せを感じることがで、満足感でいっぱいです。

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明日からも力いっぱい生きていくだろう期待が、
  帰路の自分を満たしてくれました。





********************************* See you again ! ***************** 🐕 ***


by fukuchan-ckj | 2018-10-13 23:58 | 袖ケ浦情報 | Trackback | Comments(0)


運動会と言えば秋に行われることが多かったように思います。
中学校が9月の第一日曜、小学校が第ニに変わり、
  今は1学期に行う小学校も増えています。

秋は「食欲の秋」とも言われ、「実りの秋」とも言われます。
私たち農耕民族にとって一番大切な稲の刈り入れも秋です。
(刈り入れもずっと早くなっていますが…。)

それが終わると農家もホッと一息注ぐことができました。
昔、そんな日に行われたのが小中合同の「運動会」でした。
老若男女、村をあげての行事でした。


それにちなんでなのでしょうか…。
10月10日秋真っただ中に、東京オリンピックが開幕したのです。
2020年のオリンピックではありません。
半世紀前に行われた、あの東京オリンピックです。

その後この日は「体育の日」として祝日になりました。
今はハッピーマンデーとやらで、10月の第2月曜日となりました
それ以来、10月10日の思い出はかき消されてしまいました。
(細々と私の記憶の中に生きています。)



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この記事は、過去にもアップしたことがありました。
重複するのですが、書いてしまいました。


    2013年『10月10日、何の日?』は こちら
    2016年『体育の日』は こちら





********************************* See you again ! ***************** 🐕 ***


by fukuchan-ckj | 2018-10-10 17:59 | 袖ケ浦情報 | Trackback | Comments(0)


勇んで袖ケ浦市の陸上競技場に出かけました。
孫の2人が選手として出ると言うので、
  2台のデジカメを携えて、ジイジはなりふり構わず出かけました。
富津に住む小4の男の子と、木更津に住む小6の女の子です。


会場はさすがに多くの来場者です。

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(やはり、孫が出場する姿を見ようと言うのでしょうか…。)
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会場は何度も来たことのある、坂戸市場の競技場です。


隣接された野球場にだってファームの試合を見に来たし、
  以前は芝生だったテニスコートではゴルフをして叱られたこともありました。
そんな野球場のトイレには、
  ウイットの効いた貼り紙があり、思わずシャッターを切りました。

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(今日の目的には関係ありませんでしたね。)



すでに力いっぱいの協議が繰り広げられていました。

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でも、それよりジイジは孫の姿です。


貼り出された速報からの、情報を探しました。

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テントに書かれた文字を頼りにも探しました。
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探せずに、親に携帯電話で情報を求めました。
親のミスで、
  会場は木更津・袖ケ浦と君津・富津の2ブロックに分かれていることを知りました。
(そう言えば、昔は一地区・二地区に分かれていました。)
見つかるわけがありません。


ならば「木更津の孫娘は…」と探しました。
執念は、とうとう見つけました。

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髪を白いリボンで結び、
  助走する姿はたくましく見えました。

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至近距離から撮っていたのですが、
  「観客の見学場所はスタンドで…」と注意をされ途中で断念しました。
(私のレンズでは届かないんです。)


ジイジは「陸上記録会」よりも「孫を見たさ」です。
それができないのなら、老体のいる場所ではありません。
シッポを丸めて、潔く帰宅しました。


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by fukuchan-ckj | 2018-05-17 00:35 | 袖ケ浦情報 | Trackback | Comments(0)



これは1日も経った昨日の出来事です。
不覚のも酒が過ぎたのか、
  仲間や妻に介護されての帰宅です。
(そんなに量は呑んでないのに…。)


大昔の朋輩が集い合う、クラス会でした。

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集まって何の話をするでもなしの
  悪ガキ時代へタイムスリップです。
手放しで過去に戻れ、取り留めのない会話は、
  この上なく心地いいのが、クラス会です。
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それが酒を過ごさせたのか、
  豪雨の中、抱えられての帰宅となりました。
(プログアップのできなかった昨日の言い訳です。)


何年か後、また集うに決まっていますが、
  この歳になると欠ける人が出てきます。
クラスメイトの名簿に
  「物故」と記載された仲間が6人となりました。
減ることはあっても、増えることのない事実は、
  年の経てゆくのを待てないんです。

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欲張りは「毎年集まりたい…」とさえ願います。



今回は、恩師・学級担任の墓参りも兼ねました。

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昨年10月にとうとう逝ってしまったんです。
大学を出てすぐ私たちの中学校に赴任しました。
「熱血教師」は学校中を吠えまくりました。
あだ名は「ライオン」とつけたんです。


そんな学担の墓前に集まることにしたんです。

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それぞれにどんな気持ちで手を合わせのでしょう…。
迷惑をかけどおしの過去を詫びたのでしょうか?
いただいたご恩に感謝したのでしょうか?
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いくら悪ガキでも合わせる手に疑うべきものはありません。


墓石には戒名「興教院泰岳正真居士」と刻まれていました。
一族のルーツを示す文字と生涯の仕事を示す文字、
  そして俗名の一文字が読んで取れました。



残る中学の恩師は、当時の新採とか若手ばかりになってしまいました。
3年間でお世話になった恩師は25人、
  17人はもう会えない存在となってしまいました。



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in 君津教育会館



どうか、このクラス会が
  ずっとずっと永く続くようにとお守りください。






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by fukuchan-ckj | 2018-05-14 17:26 | 袖ケ浦情報 | Trackback | Comments(0)


昨日の報告に、袖ケ浦公園の進藤家茅葺屋根改修工事をあげてみました。


撮影した写真データを見ていた時、
  ソナーが新たな関心に反応を示しました。


茅葺き屋根を守っていた棟瓦の一枚です。
そこに刻まれた文字は、「昭和廿六年六月」と読めました。

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はっきりした文字で、深く彫られています。
  棟瓦制作の期日か
  屋根を改修した期日か
などと頭をよぎりました。



さらにソナーにこだわりを持たせたのは、
  前記の文字の反対側に、微かに読める違う文字でした。
今のデジカメデータは便利で、回転させることも拡大することもできるんです。

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それでもはっきりと読み解くことはできませんでした。

粘着質の私のソナーは、そのままでいることを許しません。



そこで連日の訪問になりました。
昨日のまま、まだ瓦は棟に載せられてはいませんでした。

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彫りは浅いが、文字を確認することができました。
しかし、一文字目がわかりません。
「?年七月 左官」の一文字目です。
いよいよもって疑問が膨らむばかりです。


彫り込み具合から言って「昭和廿六年六月」よりは古いのではないでしょうか。



この金具にもソナーもが振れたんです。

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瓦の真ん中に立つ金属です。
日本では、瓦はもっと昔からあったことは知っていましたが、
  ボルト・ナットに至ってはそうは古くなかったと思います。
少なくとも、進藤家が建てられた後のものです。
だとすると、改修工事の時に付け加えたのではないでしょうか。



こちらの銅のバンドも気になります。

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棟瓦が飛ぶのを防ぐには、この銅のバンドが有効なはずです。



進藤家の茅葺の屋根の棟には、
  雨水を防ぐため、とりあえずはブルーシートが掛けられていました。

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昨日の猫は今日も老人を見送ってくれました。

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次々と湧いて出る新たな疑問は、
  当分の間、私を老いぼれとして隠居させてくれそうにありません。





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by fukuchan-ckj | 2018-03-04 23:44 | 袖ケ浦情報 | Trackback | Comments(0)


茅葺の屋根などはさほどほど珍しい物でも、
  今さら語るに値する話題ではないかもしれません。
特に白川郷や大内宿などは有名で、
  私も観光に訪れたことが何度かあります。



今日はそんなことではなく、
  この『房総ファミリア』の記事に誘惑されたんです。

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屋根の葺き替えの情報でした。



子ども頃はあちらでもこちらでも、
  茅葺屋根の葺き替え作業が行われました。
もちろん、我が家でも実施しました。
貧困農家だったため、部分的な葺き替えでしたけれど…。


叔母の家がまるごと葺き替えると言うことで、
  手伝いに行った経験があります。
(父母に用事があったのでしょうか、それとも一緒だったのでしょうか。)
とにかく、借り出されて頭数には数えられていました。

よく見かけた光景ですが、とにかく人海戦術でした。
重機なども電動工具などもない、
  人の頭数で進められた作業でした。
隣近所、親戚も総出で繰り広げられたんです。
顔も野人のように煤け、鼻の穴の中まで真っ黒になりました。


隣の家が当時の恋人の家だったこともあり、
  進んで参加したのではないでしょうか。
何故だかお昼休みにはその土間に立っていました。


そんなこともあり、
  ノスタルジアにも誘われての今日の参加になったのだと思います。


保存されている進藤家は代官も勤めたことがあり、
  木更津の旧安西家住宅とは比較にならぬ程重厚な建物です。
門には葺き替え工事が表示されていました。

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その間を縫っての見学は幸運に他なりません。



今は茅場もなく、職人も少なくなりました。
今回も他県から、職人は長岡市からの出張です。

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茅や竹は切り出す時期もあり、
  乾燥具合も考慮しなくてはなりません。
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材料の殆どは茅と竹ですが、細かな配慮があるんですね。


工具も昔はハサミや小手で処理されましたが、
  今は電動工具(ブロアーやバリカン)が力を発揮しているようです。

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昔は100人は優にいたのですが、
  越後からの職人はたったの4人で葺き替えていました。
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材料の上げ下ろしも機会に頼っていました。
(時代の流れは当たり前ですね。)
そうでなければ、4人ぽっちでできる仕事ではありません。


束ねた茅が理髪店にでも行ったように美しく様変わりします。

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何とさっぱりとした美しい景観になるのでしょう。
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美化ばかりできない問題点は、最上部の棟の作りです。
一番雨水が入りやすい、大切な部分です。
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さすがにここには瓦が使われていました。
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この瓦は再び棟瓦となるようです。
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昭和26年と記載してあるところをみると、
  瓦は改修された時の新しいもののようです。
建物自体は1847年の新築と言いますから、
  当初も瓦だったのでしょうか。
足場階段を降りてくるとき、
  軒瓦が使われていることが確認できました。
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とすると、やはり使われていたのでしょうか。



参加者にとって、嬉しい出来事がありました。

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屋根裏部屋にも行けると言うのです。
何度か建物には訪れたのですが、
  ここに上るのは初めてなんです。
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梁や押さえの竹も黒く煤けています。
触ると手にこべりつきます。
囲炉裏やかまどの煙が立ち上るのですから、当たり前ですね。
そうして燻蒸され長く保てるのですから…。
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煙抜きでしょうか、明り取りでしょうか。
格子が切られていました。


残念だたことはストロボを持参しなかったことです。
屋根裏をもっと撮りたかったのに…。


今回の葺き替えで、屋根裏から「お屠蘇のセット」が出てきたと言います。
何度か移築や改修を繰り返しておりますので、
  史料としての価値は何とも言えそうにありません。



子ども頃を回顧しながら、
  とても良い見学になったこの企画に、ただただ感謝の言葉のみです。

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元の家主も参加してくださり、
  有意義な時間を過ごせました。
博物館の敷地には、茅葺の竪穴式住居が目に留まりました。
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風格のある猫が私を見送ってくれました。
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古巣の袖ケ浦に、また行こうと思います。





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by fukuchan-ckj | 2018-03-04 01:04 | 袖ケ浦情報 | Trackback | Comments(0)


お正月の『広報そでがうら』でこの記事を見ました。
「袖ケ浦自慢の一品を紹介」と言うコーナーでした。

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コーヒーより、紅茶より、
  日本茶の好きな私の野次馬根性を「和紅茶」に注目させました。


テーバッグと言いますから、
  形状は今までも市販されている紅茶と同じだろうと想定しました。
しかし、味が想定できません。
味が日本茶と同じなら、何ら珍しいことはありません。
すでに市販されていますので、賞味済みです。
   「通常の紅茶とは違い、
    渋みが少なくすっきりとしていて、
    ほんのりとした甘みを感じる味わい」

とキャッチコピーが付け加えられていました。
やっぱり味わってみる以外にありません。



下泉の工場に出かけました。



何を隠そう下泉は私の悪ガキ時代のふるさとなんです。
遊びまわったテレトリーなんです。
もっと言えば
  ここはテレビのなかった時代にテレビを見させていただいた家なんです。
茶の間では夕食中なのに、悪ガキどもはプロレスを見ていました。
美人のお母さんがいたっけ…。
つい最近、デーサービスでお会いしたことがあります。
(家族のお話では3年前に逝かれたと言います。)
ここには私と同世代の子らもいたような気がします。
そんな懐かしさも行動をかきたてる要因の一つとなりました。


下泉には製茶工場が多く、確か当時4軒あったように記憶しています。
その昔は我が家でもやっていたとか…。
手に唾をつけて揉んでいたと、祖母から冗談交じりに聞かされました。
事実、母屋の天井裏にいくつかの製茶道具が残っていました。



今でも下泉の製茶工場は現役でした。
しかし、その数は2軒でした。

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ここは看板だけで、すでに工場はたたんだと言います。
残る2軒は、まだまだ需要があるようです。
この商品の販売がその証拠ですからね。


わざわざその「和紅茶」を入れてくれました。

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色合いは全く紅茶そのものでした。
香りは日本茶に近い感じでした。
飲んだ感じは「ほうじ茶」と言ったらよいのでしょうか…。
苦味や渋みを感じられない点は紅茶でした。
独特の焙煎が「ほうじ茶」の特色ですが、
  その焦げた感じもしませんでした。
まさに紅茶です。
まさに「和紅茶」です。



個人的な嗜好で評価すると、やはり「日本茶」に軍配を上げます。
次が「和紅茶」、3番目が「紅茶」と感じました。
「紅茶」を好む人からはもっと良い評価が出るのでしょうが…。
でも、商品を工夫・開発し様々な好みに合わせていくことが
  重要なことではないかと思います。

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旧態以前として現状にアグラをかいていては
  先細りの将来しか見えてきません。
生き残っている工場であることの必然を感じました。



次いでにもう1軒もアップしておきます。

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残っているふるさとの製茶工場です。
シーズンになると道路には車があふれ大混乱を起こします。
この2軒はまだまだそんな賑わいが続きそうです。


欲を言わせていただければ、
  素人のために簡単なレシピ(温度・時間など)があるとより親切ではと感じました。
その夜も妻と二人で味わってみました。






********************************* See you again ! ***************** 🐕 ***


by fukuchan-ckj | 2018-02-07 20:38 | 袖ケ浦情報 | Trackback | Comments(0)
天候とスケジュールのはざまを縫って、
  ここにやって来る機会を作りました。
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以前にも何度か訪れている『アクアラインなるほど館』です。

郷土史に関心が向いているため、
  この記事が目に留まり、メモしていました。
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『上総武田氏の伊吹』と題した写真展です。
ところが撮影NGで、資料がアップできません。
言えることは「貴重な資料をよくぞ撮りためてある」ということです。

今日の目的は私も頭の中にある記憶だけに留まりました。
(少々、覚束ない海馬になりつつありますが…。)
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話題は離れてしまいますが、
  しばらく袖ケ浦公園の春と戯れてみます。


春爛漫の『旧進藤家住宅』に足が向きました。
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古民家も桜が彩を添えます。
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建物の外観もさりながら、
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  内側からの桜もインパクトを与えます。
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親子格子から見る庭は贅沢としか言いようがありません。
玄関が額縁となり、それを含まて絵画を構成してくれます。
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畳に落ちた花は、家の中にまで春の訪問です。
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(車座を作り友と盃を交わしたくなります。)
(盃に桜の花びらを浮かべ、昭和を語りたくなります。)


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上池、下池にもぶらつきました。
春を楽しむのは、自分だけじゃないと気づきました。
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独り占めするにはもったいない。
みんなでシェアーしたって輝きは増すはずです。


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久しぶりに太陽に浮かれるのは私だけではありません。
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こんな日にやって来れたのは武田一族の順縁でしょうか。
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(下池はもっともっとでかかったなぁ…。)
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子どもたちもしっかりと時代を引き継いでくれそうな気がします。


あの世は花園と言いますが、
  桜も咲いているでしょうか…。
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そう信じたいと思います。




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by fukuchan-ckj | 2017-04-12 23:05 | 袖ケ浦情報 | Trackback | Comments(0)
待望の講演会の当日がやってきました。
(実は昨日の出来事なんですが…。)
講演会のあることは以前にもブログにアップしました。
     『飽富神社と筒粥神事』は こちら
袖ケ浦郷土博物館の一連の事業ですが、
  「袖ケ浦学」だけが参加できず今さらに悔やまれます。
展示や説明会、周辺散策会はまだ行っていますので
  興味のある方は今からでも間に合いますよ。


思いの詰まった講演会の日なんです。
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長浦おかのうえ図書館で開かれました。

講師は國學院大學の小川直之教授です。
演題は『古い文化と筒粥神事』で
  博物館の企画展とも呼応しています。
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祈祷や占いはこの地にも古くから行われてきました。

思い出すエピソードを語ってみます。
神がかりしていた(?)母は、
  経を唱えながら失せものを探し当てました。
私の腹痛などは、数珠でおなかの上に撫でまわしました。
「イボ取り地蔵」は実際にありました。
石でこすって治癒した者もいました。

科学が進むとあり得ないこととだ一笑されそうですが、
  半信半疑ながら頼っている自分たちもいたような気がします。


その一つが粥占い「筒粥神事」なんですね。
作物の吉凶を粥なんかで占えるはずはありません。
しかし、飽富神社に残る「筒粥」は、
  ここだけでなく多くの地域に残っています。
それを一笑して切り捨てることは乱暴すぎると思いました。

ならば、今行っている私たちの行動も、
  科学の進んだ500年後、千年後にはきっと笑い飛ばされるに違いありません。

ここでは「的射(マトイ)」も行われていたと先生のお話にありました。
馬に乗って行えば「流鏑馬(ヤブサメ)」です。


境内の広さ、社格の高さも見聞しましたが、
まだまだ知らぬ過去を想像し、心の騒ぐのを感じます。


さらに先生は付け加えました。
続けていくことが大事だと…。
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形は時代によって変わっても、やむを得ないと言います。
ただその際、記録にだけは残しておく必要がある…と。


なぜか同感を抱きました。
寸分も違えずその通りに伝承することが正しいのではない。
時代によって人も思いも変わるもの…。
それを踏まえれば、大切なものが現れてくるはず…。


肝に銘じたいと思います。




************************************ See you again ! *****************

by fukuchan-ckj | 2017-02-26 12:23 | 袖ケ浦情報 | Trackback | Comments(0)
『房総ファミリア』で知り、関心がピークになりました。
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企画展は1月25日にも見学しましたが、
  もちろん今日も見学させていただきました。
そればかりか、今日は「展示説明会」もあり、
  嬉しいことにその後は「周辺散策会」も計画されているんです。
(コースは歩いたことのある道なんですが…。)

袖ケ浦郷土博物館を出た一行は、上池の鴨や鵜におくられ勇んで出発です。
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(その内ターゲットを変えて写真を撮りに行こうと思います。)
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(何か多くの題材がありそうな気がしますから…。)

このエリアだって、まさか卸売市場は移転しては来ませんが、
  周りのフェンスはに気になって仕方ありません。
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重々しい何かを感じるんです。
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この鉄塔だって根形の住民には何のメリットもありません。
せいぜい地主がなにがしかの補助金を手にしたのでしょう。
しかしその他の土地は宅地にもできません。
…等々、書いているとまた脱線です。
ソナーを固定し、今日の目的だけに絞ります。

①山野貝塚、②真里場古墳、③飽富神社についてのみ記します。


①山野貝塚は今でも畑を白く見せています。
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言うまでもなく畑に交じる貝のかけらです。
どこにでも見られるのですが、とみにこの地区は多いような気がします。
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土壌改良剤にはなると言いますが、
  4千年も経った現在でも形がしっかりと残っているのですから…。
貝は海洋国日本には欠かせない食材だったんですね。


②真里場古墳群ですが、これも畑の中にぷっくらと姿を見せていました。
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この地区の古墳は小さなものが多いようです。
未だ調査されていない墳墓もあるようです。
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古墳より周りのキャベツに目が行きました。
(筒粥の占いにこれも入れたいくらいです。)


  不覚!
  ここまでで疲労のためか晩酌のためか、
    睡魔に襲われ眠ってしまいました。
  日付もすっかり変わってしまいました。
  めげず、続きを書いています。



③飽富神社が意外と大きいものだと再認識しました。
その昔はさらに西側に神官の邸宅があったと言いますので、
  村社を超えて県社に昇格したのもうなづけます。
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眺望もとてもよい場所にあり、
  万葉時代からの穀倉地「うまぐた」を一望することができます。
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散策隊はガイドに誘われて境内に入ります。
正面には本殿(含拝殿)が迎えてくれます。
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ここでは先ず「筒粥」のことを話題にしなければいけないのですが、
  私のソナーはぐるぐるとあたりを照射します。
「筒粥」については、袖ケ浦教育委員会の説明でお許しください。
(割愛しながらタイトルにするなんて…。)
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(横着を決め込んでしまいます。)

ここで特筆したいのは、平安時代の書物には名が記されているとしながら、
  伽藍に残るのは江戸時代以降だと言う淋しさでした。
ご多聞にもれず、ここも火災のなせる暴挙でした。
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一番古いのが江戸時代のこの手水石だと言います。
参拝前に身を清めるのもよいのですが、
  神社全体も清めたい感じがします。


長くなりますが、これだけはアップしておかないと…。
魅せられたのは、やはり江戸時代になりますが、
  この社・『東照宮』です。
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建物4面に施された彫刻です。
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今少し立体感には欠けますが、
  これが朽ちていくことが耐えられません。
同行の仲間も同じ感想を抱いたようです。
火災には合いそうもありませんが、
  当然風雨にはさらされて時が流れます。
錠の穴も無造作に移されています。

これも老婆心でしょうか?


後はもう一つのイベント、
  講演会「占いの文化と筒粥神事」が待ち遠しいです。
今月の25日なんです。


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by fukuchan-ckj | 2017-02-05 04:17 | 袖ケ浦情報 | Trackback